平成18年医療法改正と医療法人制度改革|「持分なし医療法人」制度の新設

2019年4月26日

平成18年(2006年)の医療法改正により,医療法人制度改革が実行され,医療法人の性質に大きな変化が加えられることとなりました。制度改革以前の医療法人はいわゆる「持分あり医療法人」だったのですが,制度改革によってそれ以降に新設される医療法人はすべて「持分なし医療法人」とされることとなったのです。

従来の医療法人制度――「持分あり医療法人」

従来の医療法人制度のもとでは,医療法人はすべていわゆる「持分あり医療法人」でした。

「持分あり医療法人」とは,医療法人の財産を出資者に対して分配することが認められている医療法人のことをいいます。

具体的には,「持分あり医療法人」には次の二つが認められています。

  • 解散時の残余財産の分配
  • 退社時の持分の払戻し

この二つが認められているとは,具体的にはどういうことなのでしょうか。

解散時の残余財産の分配

「解散時の残余財産の分配」とは,簡単にいえば,医療法人の活動を終了して医療法人を解散した際に医療法人のもとに残っていた財産を出資者に対して支払うことをいいます。

医療法人は,病院などを経営することを通じて当初出資された額よりも多くの額の財産を築き上げていることが通常です。このような医療法人の財産を,医療法人の解散時に,出資者の全員で山分けすることができるのです。

退社時の持分の払戻し

「退社時の持分の払戻し」とは,医療法人の構成員が医療法人から退社する際に,その構成員が有する持分の割合に応じて医療法人の財産をその構成員に対して払い戻すことをいいます。

ここで,「医療法人の構成員」とは医療法人の従業員などを意味するのではなく,「医療法人に出資をした人」のことをいいます。また,「退社」とは医療法人との間の雇用契約関係の終了などの意味ではなく,「医療法人の構成員としての地位を手放して医療法人から離脱すること」をいいます。そして,「持分」とは,出資によって得た権利のことをいいます。

要するに,医療法人の当初の出資者がなんらかの理由で医療法人から離脱する際,その離脱する出資者に対して,初めに出資した額に応じた財産の払戻しをすることが認められているのです。

なお,「出資した額に応じた財産」とは,「出資した額と同じ額」という意味ではなく,「出資した割合に比例した額」という意味です。たとえば,はじめに1,000万円ずつを出資した出資者が2人おり,財産の払戻し時点で医療法人の総財産が2億円であったという場合を考えてみましょう。この場合,出資者はそれぞれ50%ずつを出資していたのですから,出資額が1,000万円であったとしても,払戻し時には2億円の50%に相当する1億円を受け取ることができるのです。

剰余金の配当は認められていない

これらに対して,「持分あり医療法人」であっても,剰余金を配当することは認められていません。

剰余金を配当するとは,医療法人のもとに余っている財産がある場合に,医療法人を解散させないまま,医療法人の構成員に対してその余っている財産を分け与えることをいいます。株式会社の株主に対する株式の配当金の支払とちょうど同じようなことだと考えてもらえればかまいません。

「持分あり医療法人」は,その財産を出資者に対して分配することが認められているのですが,剰余金の配当については認められていないのです。

「持分あり医療法人」の問題点

このような従来の「持分あり医療法人」には,いくつかの問題点があるとされていました。

問題点(その1)――非営利性に反すること

「持分あり医療法人」が抱える問題点の一つとして,医療法人の非営利性に反するおそれがあるということがあります。

営利とは,法人の財産を構成員に分配することを認めるということを指します。このことから,医療法人の非営利性とは,医療法人の築いた財産を医療法人の構成員に分配することを認めないことをいいます。

仮に医療法人の構成員に対して解散時や退社時に財産を支払うことを認めるとすると,医療法人が築いた財産を医療法人の構成員に分配することを認めることとなり,医療法人を株式会社のような営利法人と同じように取り扱うこととなります。このことは,非営利性が求められるはずの医療法人に営利性を認めたのと同じことになってしまうのではないかと考えられるのです。

医療法人においては,医療という公益性の高いことがらの性質上,より多くの利益の獲得を追求することを認めることには,さまざまな問題があり得ます。医療法人には非営利性が確保されることが必要であるにも関わらず,上述のような形での財産の分配を認めれば,そのような非営利性を確保することができず,営利性を認めたことと同じことになるおそれがあります。

問題点(その2)――相続税の負担により医療継続への支障が生じること

「持分あり医療法人」の問題点の二つ目は,相続税の負担により医療を継続することへの支障が生じるということです。

相続税負担による医療継続への支障とは,具体的には次のようなことをいいます。

医療法人の出資者が亡くなった場合,その亡くなった出資者を相続して財産を受け継いだ人(この人を,出資者の相続人といいます)には,医療法人に対する持分権を相続したものとして,相続税が課せられることとなります。医療法人は多くの財産を築いていることが多いため,この相続税の額も多額にのぼることが少なくありません。このように,出資者の相続人は相続税を課せられるのですが,相続したといっても実際には現実の金銭を受け取っているわけではなく,「持分」という権利を取得しているにすぎないので,現実の金銭で多額の相続税を支払うことが難しい場合も多くあります。このため,相続人は相続税を支払う目的でその相続した持分の払戻しを請求し,出資割合に応じた財産の払戻しを受けることで,現実の金銭を医療法人から受け取ろうとすることが多くありました。

相続人から持分の払戻請求を受けた医療法人は,請求に応じて相続人に対して金銭を支払うなどというかたちで財産を払い戻さなければなりません。この際,支払に充てる金銭を確保するために医療法人の財産を取り崩す必要が生じてしまうことも考えられます。具体的には, たとえば医療法人が所有する土地や建物,医療装置などを売却することによって金銭を用意しなければならないかもしれません。このようなことによって医療法人の財産的な基盤が危うくされることとなる結果,医療法人が医療を継続して行うことが難しくなりかねず,このことが問題とされていました。

出資者が亡くなったという偶然の事情によって医療法人が医療を継続して提供できなくなることが公益的な観点からみて社会にとって望ましくないことは,いうまでもありません。

また,医療法人は国民皆保険制度によって支えられているということもあり,本来は医療の継続性を維持するために作られた制度である国民皆保険制度が,医療の継続性を維持するためではなく持分の払戻しを請求した相続人への金銭等の支払のために使われていると評価され得る点も,問題となるとされていました。

非営利性の徹底と医療の安定確保

「持分あり医療法人」には,このように,非営利性の不徹底と医療継続の不安定性という問題点がありました。このことから,医療法人について,非営利性を徹底させるとともに,医療の継続を安定させるということが目指すべき点となり,このことが可能となるしくみを作ることが課題とされることとなったのです。

「持分なし医療法人」というしくみ

このような課題に応えるため,2006年(平成18年)の医療法改正と医療法人制度改革において,「持分なし医療法人」という新しいかたちの医療法人のしくみがつくられることとなりました。

「持分なし医療法人」のしくみは,次の点に特徴があります。

残余財産は出資者に帰属しない

残余財産とは,医療法人の活動を終了して医療法人を解散した際に,最終的に余って残ることとなった法人の財産のことをいいます。

これまで,「持分あり医療法人」のもとでは,残余財産は出資者に対して払い戻されるというしくみがとられてきました。これに対して,「持分なし医療法人」においては,医療法人の非営利性の徹底を図るため,残余財産は出資者に対して払い戻されないこととされました。

これにより,残余財産は出資者という個人に帰属するのではなく,他の持分なし医療法人などに限定して帰属することとされました。このことは,法人の財産を出資者に分配することを否定するということですから,医療法人の営利性を否定して非営利性を確保することにつながります。

新設の医療法人は「持分なし医療法人」に限る

「持分あり医療法人」についてさまざまな問題点があることから「持分なし医療法人」というかたちの医療法人のしくみがつくられることとなったわけですが,「持分なし医療法人」というしくみをつくっておきながらそれ以降もなお「持分あり医療法人」を新たに設立することを認めたとすれば,「持分あり医療法人」の問題点は克服されずに残り続けてしまうこととなってしまいます。

そこで,制度改革以降に新たに医療法人を設立する場合,設立する医療法人は「持分なし医療法人」に限られることとなりました。新たに「持分あり医療法人」を設立することはできないのです。

「持分なし医療法人」への移行は任意

期待される自主的な移行

このように,「持分あり医療法人」を新設することはできなくなったため,新制度のもとでは「持分なし医療法人」しか新設されないこととなったわけですが,制度改革以前に設立された既存の医療法人はまだまだ「持分あり医療法人」のまま数多く存在しています。制度改革以降,これらの既存の「持分あり医療法人」は,どうなるのでしょうか。

この点については,既存の医療法人が自動的に「持分なし医療法人」へと切り替えられるというしくみはとられず,2006年(平成18年)当時に存在している医療法人は,当分の間,「持分あり医療法人」のままでもよいものとされました。既存の「持分あり医療法人」の「持分なし医療法人」への移行は,強制的にではなく任意かつ自主的に行うべきものとされたのです。

現時点では,「持分なし医療法人」への移行は自主的なものとされており,既存の「持分あり医療法人」が「持分なし医療法人」へと移行しなければなんらかの不利益があったり強制的に移行させられたりするものではありません。しかし,2006年(平成18年)当時に存在している医療法人が「持分あり医療法人」のままであってもよいのはあくまでも「当分の間」に限るものとされているにすぎません。今後も永久に「持分あり医療法人」のままでいることは望ましくないものとされており,自主的に「持分なし医療法人」へと移行することが期待されているのです。

移行が十分に進んでいない現状

このように,移行は自主的に行うべきものとされたのですが,制度改革から10年以上が経過した現在に至っても既存の「持分あり医療法人」の「持分なし医療法人」への自主的な移行はまだまだ十分に進んでいるものとはいえません。自主的な移行がなされた数は十分に多いものとはいえず,いまだに多くの医療法人が従来のまま「持分あり医療法人」として残っているのです。

自主的な移行に対しては優遇措置が設けられている

このような現状から,国は積極的な移行を促すための対策として優遇措置の制度を設けています。既存の「持分あり医療法人」が「持分なし医療法人」へと自主的に移行する場合,一定の手続きに従って移行を行えば,税制上の優遇措置をはじめいくつかの優遇を受けることができるのです。

具体的には,「持分あり医療法人」が「持分なし医療法人」へと移行しようとするに際して移行計画の認定を国に申請し,国が一定の要件を満たすと認めれば,最大3年間の移行計画期間の間は,移行に伴い発生する相続税や贈与税を猶予・免除するなど税制上の優遇を受けることができます。

もっとも,このような優遇措置はこの先いつ移行をしたとしても受けられるわけではなく,優遇措置を受けることのできる移行の期限が定められています。

税制上の優遇措置が得られる認定期間は2020年(令和2年)9月まで

国による移行計画認定制度は,当初,2017年(平成29年)9月までとされていたのですが,2017年時点でなお約5万ある医療法人のうちの8割にあたる約4万の医療法人が「持分あり医療法人」のまま残っており,移行が十分に進んでいないという問題がありました。

このため,国はさらに移行を促進するため,税制上の優遇が得られる認定期間を延長することとしました。

具体的には,認定期間を2017年(平成29年)10月から2020年(令和2年)9月までとさらに3年間延長し,税制上の優遇措置もこれに合わせて延長されることとなりました。

早めの移行手続がおすすめ

2019年(平成31年)4月時点では,認定期間が終了する2020年(令和2年)9月までまだあと1年半近くあるため,まだ焦って移行手続をする必要はないとお考えかもしれません。

しかし,移行手続には専門家や関係者との打ち合わせを含めてある程度の準備が必要なことや,2020年(令和2年)9月以降も再び税制上の優遇措置が延長されるとは限らないことなどから,確実に優遇措置を受けることができる間に「持分なし医療法人」への移行を完了させてしまうことが重要だといえるでしょう。 このようなことから,「持分あり医療法人」のオーナーのみなさんはこの機会に「持分あり医療法人」から「持分なし医療法人」へと移行することを検討してみてはいかがでしょうか。